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師走になると風呂がわく #3

俺の住む三階建ての一軒家のとなりには老夫婦が住んでいる。夫も妻も65歳はこえているだろう。彼らが、きわめて悠々自適な生活をしていることに俺は内心むかついていた。

家の前にはたくさんの鉢植えがあり、季節になると色とりどりの植物が花を咲かせる。家にいる時は、大音量でジャズを聴いたり映画を観たりしているらしく、地響きのような音が近所じゅうに響きわたる。暇さえあれば、夫婦で自動車を運転して旅行に出かけているので一年の半分は留守である。ほとんど仕事もしていないようで、まさに悠々自適な生活と言っていい。仕事に追われ、デスクワークで背中の凝りが消えない身としては、うらやましくてヘドが出そうだ。

先週の水曜日に旧友の向井秋竹がふらりと遊びにきた時に、そんなドス黒い気持ちをぶちまけてしまって不快な思いをさせてしまった。俺は一週間後の今日になってもまだ思い出すたび後悔の念に身をよじっているところである。あの日、向井が手みやげに持ってきたウィスキーに脳髄をやられてしまったのも原因の一つだから、責任はやつにもあるはずだ。だいたい昼間に仕事中の友人宅を訪ねる折、アルコール飲料を持ち込むとはキチガイ沙汰である。

「だいたいなぁ、俺はあのじじいが他人に敬語を使ってるところを見たことがないんだよ。世界中の人間を見下してるんだよあいつは。総理大臣にだってタメ口きくだろうな」

「それは、それですごいけど…」

「だいたいだなぁ、あいつの使ってる石鹸だかシャンプーだかがまた臭いんだよ!」

俺は酔うと「だいたいなぁ」とか「だいたいだなぁ」をよく使うらしい。それは自分でも気づいているのだが酒が入るとどうでもよくなってしまうのだ。そのぶん普段は、無意識のうちに極力使わないように努めているようで、日常ほとんど口から出たことがない。だいたい「だいたいなぁ」というフレーズは、怒りをあらわにする時に抜群に使用頻度が高まる語であり、ふだん日常的に怒りをおもてに出さないタイプの俺は、使うことがないのである。
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師走になれば風呂がわく #2

地上三階。俺は屋上から地面を見下ろしていた。
「ビルディング」と名乗るには大袈裟なほど小さくて四角い建物は、入り口に金文字の看板で『郷田ビルディング』とあった。このビルディングを選んだのは単純にちょうどよい高さだったから。


地面というやつは、見つづけていると少しずつ近づいてくる気がして飛び降りやすくなる。
だんだん遠ざかるようだと言う者もいるが、「俺の地面」は見つめると近づいてくる。
どうせなら、すぐ目の前まで上ってきてくれりゃいいのにと思う。ひょいと足を踏み出せば着地できるくらいまで上ってきてくれりゃ、踏み出す瞬間どんなに楽だろうか。だけど頭の中でどういじくり回しても実際の高さは変わらななかった。
地上45メートル。
俺にとってはそれほどの高さじゃないが、飛ぶのは久しぶり。キンタマがせり上がってくる。
プロスポーツ選手は一日何もしなければ感覚を取り戻すのに三日かかると言う。訓練を一週間おこたったこと、俺ははげしく後悔していた。

俺が飛び降りを始めたのは、7歳のときだった。
6月13日土曜日、はっきりと覚えている。
俺は最初のジャンプで右ヒザから落ちて骨折してしまったのだ。
あの痛み、挫折感の記憶は、消したくとも消えてはくれぬ。
人生最初の入院だった。
ベッドの傍らで、見舞いに来た親戚の大人たちが、馬鹿なことをしたなと笑った。
俺は震えるほど悔しかった。
だが何も言わなかった。何も言えない子どもだった。
俺は悔しさを抱えたまま退院して、その日のうちに同じ場所からもう一度飛んだ。
実は、それほどの高さではなかったとそのとき知った。
着地がいけなかっただけである、と。

それからの毎日は、挑戦の日々だった。
自分はどのくらいの高さから飛び降りたら、ふたたびまた怪我をするのだろう。
自分の内側に向っての挑戦であった。
その遊びが、妙に大人っぽく感じたし、思いついた自分が誇らしかった。

あの日までは…。

師走になれば風呂がわく #1

12月。
一年でもっとも寒いこの時期になって、俺はようやく温かい風呂につかりたいと思うようになっていた。年間を通じて、お湯の張った湯船につかることがほとんどない俺だったが、さすがに寒さがこたえた。

部屋で机に向かいキーボードを叩くにしたって指先が冷たすぎる。足の指だって、ふくらはぎやももだって寒い。背中首筋わきの下、耳、耳の裏、そして丸坊主の頭頂部にいたるまで、全身寒いのが冬だ。

いまの時代、スイッチひとつで自動的に風呂がわく。便利な時代になったと思う。思うが気を抜いていると、たまに大失敗をやらかすのもこの時代の常であろう。湯船の内部をせっけんで洗い流し、そのまま風呂の栓を抜いた状態にしていたため、熱いお湯を大量に下水に捨てることになった。俺は、30分ほどお湯を捨て続けた。

翌日、水道局のまじめそうな巡回員が様子を見に我が家をおとずれた。巡回員はにこやかだったが、俺には、俺のまぬけさを非難しているような小ばかにしているような眼に思えた。
「事故か何かがあったのかと思いまして。何もなければいいんです」
巡回員は、そう言ってにこやかに去った。俺は、資源を無駄にしたことを恥じた。

しかし、そのぶん水道料金を払うのだから文句を言われるすじあいは無い。俺は、ある意味、貢献しとるんだぞ。そう思ったが、そう言ってやる相手もおらず、寂しい思いで仕事部屋に戻り、冷たい指先どうしを素早くこすり合わせて寒さに抵抗してみた。
 


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