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師走になれば風呂がわく #2

地上三階。俺は屋上から地面を見下ろしていた。
「ビルディング」と名乗るには大袈裟なほど小さくて四角い建物は、入り口に金文字の看板で『郷田ビルディング』とあった。このビルディングを選んだのは単純にちょうどよい高さだったから。


地面というやつは、見つづけていると少しずつ近づいてくる気がして飛び降りやすくなる。
だんだん遠ざかるようだと言う者もいるが、「俺の地面」は見つめると近づいてくる。
どうせなら、すぐ目の前まで上ってきてくれりゃいいのにと思う。ひょいと足を踏み出せば着地できるくらいまで上ってきてくれりゃ、踏み出す瞬間どんなに楽だろうか。だけど頭の中でどういじくり回しても実際の高さは変わらななかった。
地上45メートル。
俺にとってはそれほどの高さじゃないが、飛ぶのは久しぶり。キンタマがせり上がってくる。
プロスポーツ選手は一日何もしなければ感覚を取り戻すのに三日かかると言う。訓練を一週間おこたったこと、俺ははげしく後悔していた。

俺が飛び降りを始めたのは、7歳のときだった。
6月13日土曜日、はっきりと覚えている。
俺は最初のジャンプで右ヒザから落ちて骨折してしまったのだ。
あの痛み、挫折感の記憶は、消したくとも消えてはくれぬ。
人生最初の入院だった。
ベッドの傍らで、見舞いに来た親戚の大人たちが、馬鹿なことをしたなと笑った。
俺は震えるほど悔しかった。
だが何も言わなかった。何も言えない子どもだった。
俺は悔しさを抱えたまま退院して、その日のうちに同じ場所からもう一度飛んだ。
実は、それほどの高さではなかったとそのとき知った。
着地がいけなかっただけである、と。

それからの毎日は、挑戦の日々だった。
自分はどのくらいの高さから飛び降りたら、ふたたびまた怪我をするのだろう。
自分の内側に向っての挑戦であった。
その遊びが、妙に大人っぽく感じたし、思いついた自分が誇らしかった。

あの日までは…。
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